2009年1月18日日曜日

震災から14周年



 昨日は朝5時に起床。自転車に乗って、東遊園地に急ぐ。東遊園地は報道陣の明かりで煌々と輝いていました。あの震災から5時46分で14年が過ぎることに。黙祷を行い、震災で亡くなった人、その後の避難生活でなくなった人、救援活動の疲労で亡くなった人などを追悼しました。特に、私は震災被災者を救うことをためらった国に対して、被災者を救うために市民議員立法づくりに奮闘してなくなった、小田まことさん、友人でがんと3年間壮絶に闘った佐々木康哲さんを弔ったろうそく立ての前で黙祷しました。


 その後、8時から新社会党の震災14周年アピールの街頭宣伝に参加。 10時からはポーアイの第3仮設の当時の住民たちとボランティア活動グループが一緒に企画した追悼集会に参加。その後、1時からは神戸市役所前を占拠した追悼・l抗議・連帯のつどいに参加。土曜日ということで今までになくたくさんの人々が集まる。特に、炊き出しも行っていることから、震災被災者だけでなく若者も目立つことから派遣切りの人々も。


 私は集会での挨拶で、「国の被災者を救わない震災対策に対し、自治体を上げて抗議の声をあげるべきだったのに、当時の市長が空港建設を国に認めてもらうために、国に対して弱腰であった」ことを批判し、更に「その姿勢は14年たった今も変わっていない。不況で苦しむ高齢者には敬老優待パスを有料化。市営住宅に住む被災者には家賃減免制度を改悪。市民を生活を守るべき自治体が逆の役割を果たしている。この秋に行われる市長選挙では市民派市長を擁立して、勝利させよう」と訴えました。


 朝、5時に起床して、家に帰りついいたのは夜の8時。長い1日が終了しました。1年ぶりに会った人々の顔が浮かび上がります。

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