非正規労働者の「派遣切り」が続いています。政府発表でも6月までに職を失う数は19万人を超えると言われ、県内の失業者は3月19日時点で3853人。その85.3%が派遣労働者で、ほとんどが製造業です。また、雇用調整助成金の届出対象者数は2月末で、291万人を数えました。今回の大不況で、非正規労働者が職を失うだけでなく、その波は正社員や新卒者にも及んでいます。
しかし、国は「派遣切り」を招いた労働者派遣法をそのままにし、雇用調整助成金での企業支援と臨時雇用、職業訓練事業などでこの事態を乗り切ろうとしています。今求められているのはこのような一時しのぎでなく、企業支援より失業者への直接支援、雇用調整より雇用の拡大、職業訓練でなく直接雇用です。
一方、「派遣切り」の中心となった大手電機・自動会社は主要16社で33兆円、大企業430社では228兆円の内部留保金を溜め込んでいます。内部留保を抱えたまま「派遣切り」をおこなった大企業への責任追及と、内部留保金への課税などを行い、失業者への支援や雇用拡大などの財源にするべきです。 働く者が生き生きと働き、生活できる社会をつくるための私の政策です。
この政策は、原和美さんの雇用政策に盛られることになりました。
・弁護士会が提唱する「利用しやすく自立しやすい生活保護制度」を実現します。 生活保護法を改正し、生活保護基準以下の生活に落ち込む前の低所得者(ワーキングプ ア)層に対し、住宅扶助・医療扶助・生業扶助に限定した部分的給付を行い、早期の自 立に向けた積極的な支援策を講じます。
・労働者派遣法を抜本改正し、労働者保護法制の実現します。 低賃金・不安定雇用の原因となっている労働者派遣法を抜本改正し、違法派遣を排除す るため派遣先の大企業にも禁止の規制を強めます。
・解雇制限法で首切りを規制します。 内部留保を抱えた大企業の「派遣切り」や経営者の都合での一方的な「解雇」を許さない法律を作ります。
・雇用調整や職業訓練よりも公共による直接雇用での雇用拡大します。 大企業・富裕層への優遇税制を見直し、大手企業の内部留保への課税など、それを財源に、生活保護・介護・教育・医療など社会保障分野で国や自治体での直接雇用を拡大し ます。また、食など消費者の安全やアスベスト渦対策などの新たな専門分野への自治体 雇用をひろげます。
・最低賃金を1,200円に。公契約法や条例で自治体ワーキングプアーをなくします。 国や自治体が発注する契約で、生活できる適正な賃金基準が反映する入札単価制度と総 合評価方式で優良企業を育成し、自治体自らがワーキングプアーを生み出さないことは もちろん障害者雇用の拡大をはかります。
2009年5月10日日曜日
2009年3月10日火曜日
生活保護の居所要件を打ち破った年越派遣村から学ぶ
私が代表をつとめる原和美を国会に送る会は7日、私学会館で時局後援会を開きました。講師は年越派遣村の事務局をつとめた、全国ユニオン事務局長の阿部さん。年越派遣村は自動車産業などで派遣切りされた人々を可視化し、政治を大きく動かしたことが評価されています。
派遣きりは政府の発表でもすでに15万8000人。民間調査機関ではこの3月末で40万人を超えると言われております。
阿部さんの話によると、派遣村の取組み前に行われた派遣切りホットランでは、寄せられた相談の多くが、期間満了前に突然雇用を打ち切られ、年末に宿舎まで出なければならない相談が多かったと言うことでした。切られた派遣労働者の多くが、「とにかく東京で仕事を探す」と言っていたということが、きっかけになって、東京で派遣村をやろうと言うことになったと言うのです。
その目的は派遣切りされた労働者をまとめることによって、全国にこの実態を知らせること、また日比谷公園で開村することで、国会、厚生労働省への圧力をかけ、政治を動かしたいとの思いがあったと言うことでした。
集まった被災者は500人を超え、それをサポートしたボランティアは1500人を超え、カンパは6000万円集まったそうです。
特に、居宅保護が日比谷公園内派遣村で、千代田区役所で認めたれたという画期的な成果をあげています。生活保護申請は水際ではねられるケースが多く、特に居所がない場合はそれだけで跳ねられるケースがほとんどです。とにかく、住むところを決めてきてくださいと言うことが、路上で生活する人や家を失った人にとって大きな壁になっていました。
今回の派遣村は、この居所要件を打ち破ったことは大変な成果です。そもそも、生活保護法では、この居所要件の根拠はなく、どの行政単位の窓口が担当するかのための、事務手続き上の問題です。これを要件のように振りかざして、路上生活者の保護を難しくしているのが現状です。
今回の派遣村が生活保護での居所要件を打ち破ったことは今後の生活保護申請の1つの大きな壁を取り除いたと言えます。
派遣きりは政府の発表でもすでに15万8000人。民間調査機関ではこの3月末で40万人を超えると言われております。
阿部さんの話によると、派遣村の取組み前に行われた派遣切りホットランでは、寄せられた相談の多くが、期間満了前に突然雇用を打ち切られ、年末に宿舎まで出なければならない相談が多かったと言うことでした。切られた派遣労働者の多くが、「とにかく東京で仕事を探す」と言っていたということが、きっかけになって、東京で派遣村をやろうと言うことになったと言うのです。
その目的は派遣切りされた労働者をまとめることによって、全国にこの実態を知らせること、また日比谷公園で開村することで、国会、厚生労働省への圧力をかけ、政治を動かしたいとの思いがあったと言うことでした。
集まった被災者は500人を超え、それをサポートしたボランティアは1500人を超え、カンパは6000万円集まったそうです。
特に、居宅保護が日比谷公園内派遣村で、千代田区役所で認めたれたという画期的な成果をあげています。生活保護申請は水際ではねられるケースが多く、特に居所がない場合はそれだけで跳ねられるケースがほとんどです。とにかく、住むところを決めてきてくださいと言うことが、路上で生活する人や家を失った人にとって大きな壁になっていました。
今回の派遣村は、この居所要件を打ち破ったことは大変な成果です。そもそも、生活保護法では、この居所要件の根拠はなく、どの行政単位の窓口が担当するかのための、事務手続き上の問題です。これを要件のように振りかざして、路上生活者の保護を難しくしているのが現状です。
今回の派遣村が生活保護での居所要件を打ち破ったことは今後の生活保護申請の1つの大きな壁を取り除いたと言えます。
2009年3月3日火曜日
朝日新聞で「ある市議」から「新社会党の議員」に昇格
2月28日朝日新聞の朝刊に、前日の私の本会議質疑が取り上げられました。「生まれた子は大きく育てたい」という見出しの神戸版の記事です。
これは、神戸空港の起債償還問題をめぐっての鵜崎副市長のやり取りです。「神戸空港を愛してください」といわれました。いやごとばかり言ってと思っているのでしょう。
しかし、住民投票をやっていれば市民が責任をもてたのです。そうであれば、こんな現状になってもみんなが責任を持って、英知を結集できたのです。住民投票をやらなかったことを市長と議会が謝るべきです。話はそこから。愛せるのはそのときからです。
さて、神戸空港問題等でよく新聞記者からコメントを求められるのですが、コメントしても、いつも「ある市会議員」との表示で、なかなか名前が載らないのです。今回も、「ある市議」かなと思っていたのですが今回は名前はでなかったのですが、「新社会党の議員」と所属が記載されました。一歩前進かなあ。
これは、神戸空港の起債償還問題をめぐっての鵜崎副市長のやり取りです。「神戸空港を愛してください」といわれました。いやごとばかり言ってと思っているのでしょう。
しかし、住民投票をやっていれば市民が責任をもてたのです。そうであれば、こんな現状になってもみんなが責任を持って、英知を結集できたのです。住民投票をやらなかったことを市長と議会が謝るべきです。話はそこから。愛せるのはそのときからです。
さて、神戸空港問題等でよく新聞記者からコメントを求められるのですが、コメントしても、いつも「ある市会議員」との表示で、なかなか名前が載らないのです。今回も、「ある市議」かなと思っていたのですが今回は名前はでなかったのですが、「新社会党の議員」と所属が記載されました。一歩前進かなあ。
夕日ヶ浦温泉にカニツアー
2009年2月20日金曜日
大阪湾岸道路西伸部の都市計画決定に抗議
県都市計画審議会は2月16日、大阪湾岸道路西伸部の路線計画案を承認しました。この計画は事業主体が不明、莫大な建設費の額や地元負担も不明であり、建設の必要性や建設に伴なう環境や景観への影響など多くの課題を抱えています。
最初に計画案がだされたのは20年前のバブルの絶頂期で、阪神淡路大震災で頓挫していたものが、最近になって浮上。
ところが、最近の景気後退、自動車産業の落ち込みなど、国土交通省が交通需要の予測を大幅に見直し、2020年まで増加を続けるとしていた見込みを毎年横ばいか減少に向かうとしており、この計画の交通量も見直しが必至の現状になっています。
この計画案の全面見直しの署名を提出してきた地元の港島自治連合協議会は当日の傍聴後、「満身の怒りをこめて抗議」するとの抗議文を兵庫県と兵庫県都市計画審議会に提出しました。
港島自治連合協議会の抗議文は以下のとおりです
大阪湾岸道路西伸部「路線概要計画」の都市計画決定に抗議します
2009年2月16日
兵庫県知事 井戸 敏三様
兵庫県都市計画審議会会長 多淵 敏樹様
兵庫県都市計画審議会が2月16日、大阪湾岸道路西伸部「路線概要計画」を都市計画決定したことに満身の怒りを込めて抗議します。 港島自治連合協議会は、兵庫県知事、神戸市長に対して全有権者の3分の1を超える4367人の「計画路線案」全面見直しの署名を提出しております。更に、「住民への環境アセスの説明が行われていない」という手続きへの瑕疵が、3月24日付の港島自連協、県土整備部、市都市計画総局の3者による確認書でも明らかになっております。 今回の都市計画審議会では、それらの事実や経過が十分に審議されたとはいえません。本来、住民にとって良好な生活環境を形成することを目的とした都市計画審議会が、十分な機能を発揮していないことは明らかです。 港島自治連合協議会は、今回の「計画路線案」に対して、①「計画路線ありき」で住民意見が反映していないこと、②景観、大気汚染、騒音など環境面で住民への影響が一番大きい路線案であること、③事業主体や事業費、事業計画などすべてが明らかでなく費用対効果が判断できないこと、④CO2削減など地球温暖化対策に逆行していることなどを指摘して、全面見直しを求めてきました。 また、道路特定財源の一般化などで、自治体での負担が増えることは確実であり、兵庫県や神戸市の財政状況からこれ以上の負担を自治体が背負うことはできず、神戸市民はもちろん兵庫県民も納得しないはずです。 さらに、国土交通省が、道路整備計画の中心データーである交通量予測を大幅に下方修正しました。今回の予測では、毎年横ばいか、最大06年に比べて約2%減少するとの大幅下方修正です。しかも、国土交通省は、新規路線建設で、4車線でなく2車線での整備を積極採用し、需要に応じたコスト削減を進めて行くと報道されています。ところが、今回の都市計画案では、逆に平成32年の計画交通量が最大になるとし、更に平成42年には交通ネットワークが完成することを前提に更に増加するとしています。それに基づき、ポートアイランドでは平成42年に1日84000台を推計しています。ところが、現在の大阪湾岸道路の交通量は深江浜から魚崎浜で1日41000台です。したがって、国土交通省の今回の交通見直しに従えば、41000台から更に交通量は減少することになり、推計の半分にも達しないの明らかです。交通ネッワークが完成したとしても、84000台には遠くおよばないことは自明です。今回の都市計画案の前提がそのものが崩れています。 更に、今回の国土交通省の交通量見直しから判断すれば、延伸線は2車線でよく、「港湾幹線道路を活かし、神戸大橋をまたいで直接和田岬へつなぐ」港島自連協提案ルートのほうがより現実性がある提案といえます。港島自治連合協議会は、兵庫県都市計画審議会が、直ちに都市計画決定を取り消し、港島自連協提案ルート案を検討することを求めます。

最初に計画案がだされたのは20年前のバブルの絶頂期で、阪神淡路大震災で頓挫していたものが、最近になって浮上。
ところが、最近の景気後退、自動車産業の落ち込みなど、国土交通省が交通需要の予測を大幅に見直し、2020年まで増加を続けるとしていた見込みを毎年横ばいか減少に向かうとしており、この計画の交通量も見直しが必至の現状になっています。
この計画案の全面見直しの署名を提出してきた地元の港島自治連合協議会は当日の傍聴後、「満身の怒りをこめて抗議」するとの抗議文を兵庫県と兵庫県都市計画審議会に提出しました。
港島自治連合協議会の抗議文は以下のとおりです
大阪湾岸道路西伸部「路線概要計画」の都市計画決定に抗議します
2009年2月16日
兵庫県知事 井戸 敏三様
兵庫県都市計画審議会会長 多淵 敏樹様
港島自治連合協議会会長 安田 登
兵庫県都市計画審議会が2月16日、大阪湾岸道路西伸部「路線概要計画」を都市計画決定したことに満身の怒りを込めて抗議します。 港島自治連合協議会は、兵庫県知事、神戸市長に対して全有権者の3分の1を超える4367人の「計画路線案」全面見直しの署名を提出しております。更に、「住民への環境アセスの説明が行われていない」という手続きへの瑕疵が、3月24日付の港島自連協、県土整備部、市都市計画総局の3者による確認書でも明らかになっております。 今回の都市計画審議会では、それらの事実や経過が十分に審議されたとはいえません。本来、住民にとって良好な生活環境を形成することを目的とした都市計画審議会が、十分な機能を発揮していないことは明らかです。 港島自治連合協議会は、今回の「計画路線案」に対して、①「計画路線ありき」で住民意見が反映していないこと、②景観、大気汚染、騒音など環境面で住民への影響が一番大きい路線案であること、③事業主体や事業費、事業計画などすべてが明らかでなく費用対効果が判断できないこと、④CO2削減など地球温暖化対策に逆行していることなどを指摘して、全面見直しを求めてきました。 また、道路特定財源の一般化などで、自治体での負担が増えることは確実であり、兵庫県や神戸市の財政状況からこれ以上の負担を自治体が背負うことはできず、神戸市民はもちろん兵庫県民も納得しないはずです。 さらに、国土交通省が、道路整備計画の中心データーである交通量予測を大幅に下方修正しました。今回の予測では、毎年横ばいか、最大06年に比べて約2%減少するとの大幅下方修正です。しかも、国土交通省は、新規路線建設で、4車線でなく2車線での整備を積極採用し、需要に応じたコスト削減を進めて行くと報道されています。ところが、今回の都市計画案では、逆に平成32年の計画交通量が最大になるとし、更に平成42年には交通ネットワークが完成することを前提に更に増加するとしています。それに基づき、ポートアイランドでは平成42年に1日84000台を推計しています。ところが、現在の大阪湾岸道路の交通量は深江浜から魚崎浜で1日41000台です。したがって、国土交通省の今回の交通見直しに従えば、41000台から更に交通量は減少することになり、推計の半分にも達しないの明らかです。交通ネッワークが完成したとしても、84000台には遠くおよばないことは自明です。今回の都市計画案の前提がそのものが崩れています。 更に、今回の国土交通省の交通量見直しから判断すれば、延伸線は2車線でよく、「港湾幹線道路を活かし、神戸大橋をまたいで直接和田岬へつなぐ」港島自連協提案ルートのほうがより現実性がある提案といえます。港島自治連合協議会は、兵庫県都市計画審議会が、直ちに都市計画決定を取り消し、港島自連協提案ルート案を検討することを求めます。
2009年2月12日木曜日
ポーアイ寄席が大盛況
話が前後しますが7日、ポーアイ寄席を開きました。震災前は年に4回開いていたのですが、私個人で行っていたため、参加者がだんだん少なくなり、震災後中断していました。「人口島に古典芸能を」の呼びかけはわれながらいいなーと思っていたのですが。個人的には限界でした。
ところが、4年前からポーアイの有志でポーアイの街づくりをみんなで考えようとの勉強会、「ポーアイの底力」が発足。すでに、30回を数えます。会員も100人を超えました。そこから、寄席を復活させてはとの声が起こり、昨年から底力とあわはら共催で再開することになりました。昨年は、60人あまりの参加、今回はなんと80人の参加となりました。
以前から、協力いただいている上方芸能研究会から協力いただき、地域寄席として開いています。特に、講談の旭堂南陵さんには毎回参加をいただいています。
今回は、若手に勢いを感じました。特に、旭堂みなみは、南陵に弟子入りして2ヶ月ということでしたが、場の支配力があり、久しぶりに将来性を感じる講談師です。
最後に登場の南陵は、円熟した芸で、講談の奥深さを感じさせてくれます。それぞれの客の頭に話の情景がそれぞれの人生経験とともに写っているのかと思うと楽しくなります。
回数を増やしてとの感想がうれしく感じました。
2009年2月8日日曜日
10キロレースを完走
ポーアイで開かれたバレンタインラブランの10キロレースを完走しました。タイムは約52分。震災前に出場したときとほぼ同じタイムです。15年前ですから、40歳のときと同じですからたいしたものです。自分を自分でほめてやりたいという思いがよくわかります。体重が72キロになり、これはいけないと去年の6月からジムに通い、体重を65キロまで落とし、今回の出場です。多くの支持者から体がどこか悪いのではと心配していただくぐらい、体重を短期で落としました。
12月頃から、これならラブランの10キロレースぐらいならでれるのではと、ジムのトレーニングだけっでなく、路上でのランを開始しました。ジムと路上のランは別物で、筋肉の痛みが違うのです。特に、けりの筋肉は路上でないとつかないことがよくわかりました。2月のはじめは絶好調だったのですが、気温が下がった時期に持病の椎間板ヘルニアが再発し、左足に痺れが走り、4、5日前から出場が危ぶまれる事態となりました。友人からは名誉ある撤退を進言されるなど、今日の朝まで悩みました。しかし、今日の朝はしびれ感はありながらも何とか出場できるのではと、アップを繰り返しましたがしびれはでず出場に踏み切りました。
12時からの出発でしたが、完走が目的ですから、あえて最後尾から出発しました。ところが、走り始めてもしびれはでず、負けず嫌いの性格ですから、最後から追い上げ、ゴール時には真ん中よりも、前でゴールできました。これなら、最初から飛ばしておけば、40分台も夢でなかったのではと、また見果てぬ欲が出てきたところです。みんなからは、完走できてよかった、無理してはだめとの忠告をいただいています。
久しぶりに、どきどき感があり楽しいひと時をすごしました。
12月頃から、これならラブランの10キロレースぐらいならでれるのではと、ジムのトレーニングだけっでなく、路上でのランを開始しました。ジムと路上のランは別物で、筋肉の痛みが違うのです。特に、けりの筋肉は路上でないとつかないことがよくわかりました。2月のはじめは絶好調だったのですが、気温が下がった時期に持病の椎間板ヘルニアが再発し、左足に痺れが走り、4、5日前から出場が危ぶまれる事態となりました。友人からは名誉ある撤退を進言されるなど、今日の朝まで悩みました。しかし、今日の朝はしびれ感はありながらも何とか出場できるのではと、アップを繰り返しましたがしびれはでず出場に踏み切りました。
12時からの出発でしたが、完走が目的ですから、あえて最後尾から出発しました。ところが、走り始めてもしびれはでず、負けず嫌いの性格ですから、最後から追い上げ、ゴール時には真ん中よりも、前でゴールできました。これなら、最初から飛ばしておけば、40分台も夢でなかったのではと、また見果てぬ欲が出てきたところです。みんなからは、完走できてよかった、無理してはだめとの忠告をいただいています。
久しぶりに、どきどき感があり楽しいひと時をすごしました。
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